fc2ブログ

Take a look at this

NHK「たけしのその時カメラは回っていた」

何も見たい番組がなくてふとチャンネルを回したら(こういう言い方って最近はしないよね?)、偶然放送されていたのが「たけしのその時カメラは回っていた」。

白黒の画面が目に飛び込んできて、興味を惹かれ、オットと2人思わず見入ってしまった。

新聞の番組欄で確認したら(これも、最近新聞とっている人少ないし、何でもネットの時代だからね)、どうも月に1度だけ放送されているらしく、今回は「ニッポンの旅行」というテーマだった。

日本人が、世界でも旅行好きの国民なんだとは知らなかった。

団体旅行は江戸時代からあったとか。

旅行にまつわるいろいろなエピソードの中でも懐かしかったのは、修学旅行専用列車「ひので号」。

「ひので号」は昭和34年(1959年)に登場した、東京都中学校連合の計画輸送による修学旅行専用車両。

hinode1.jpg
(修学旅行ドットコムよりお借りしました)

修学旅行というのは日本独特のもので、戦後まもなく復活した。

ところが戦後のベビーブームで どっと増えた修学旅行生が定期列車にどっと乗り込み、一般の乗客に迷惑がかかったため、修学旅行専用列車がつくられたそうだ。

「ひので号」は品川⇔京都間を約7時間かけて、関東地区の中学生を運んだ。

逆に関西地区の中学生を東京へ運んだのは「きぼう号」。

列車には6人掛けのボックス席と4人掛けのボックス席が配置されており、片道は夜行列車となるのだが狭い座席にぎゅうぎゅうにすわったまま7時間過ごすのだ。

修学旅行列車も昭和39年(1964)の新幹線の登場により、徐々に新幹線にとってかわられ、1971年(昭和46年)に廃止された。

ワタシも廃止直前の「ひので号」に乗って京都・奈良へ修学旅行に行ったのだ。

今思えば修行のような旅だったが、疲れよりも楽しさと興奮が勝っていた。

高校の修学旅行では、往路は寝台特急「あさかぜ」の3段寝台で、帰りは開通間もない山陽新幹線に乗ったことも忘れられない。

当時、都立高校では修学旅行は96時間以内と決められていて、すでに私立高校では飛行機利用が始まっていたが、飛行機の使用は認められていなかった。

話を「その時カメラは回っていた」に戻そう。

修学旅行の次は新婚旅行である。

熱海(私の両親はココ)~宮崎~沖縄ときて、ついに「夢のハワイ」が主流になった。

当時は結婚式が終わると新郎新婦はそのまま式場から東京駅などに向かったものだ。

私も大学の先輩の結婚式に招かれ、ホテルから出発する新婚の2人を見送った記憶がある。

オットは東京の出身ではないので修学旅行列車の経験はないが、どの映像も懐かしく見ることができた。

次回も楽しみに見ることにしよう。

スポンサーサイト



  • Posted by ちーず
  •  0

Comment 0

Post a comment