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2023.7月 登別・積丹・札幌の旅 (15) 北海道開拓の村その2

漁村群で一番大きな建物です。

「旧青山家漁家住宅」

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青山家は安政6年(1859)に山形県から北海道に渡り、小樽沿岸を中心に鰊建網などを経営した漁家です。

いわゆる「鰊御殿」のひとつではないでしょうか。

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入口入ってすぐの板の間です。

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こちらには説明をしてくださる方がいらして、いろいろとお話を聞けました。

当時のニシン漁の様子

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最盛期には60名もの漁夫が一堂に寝泊まりしたという場所です。

ハシゴ階段がかけられた2階の部分にも、もちろん寝泊まりしていました。

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スペースは1人1畳。プライバシーも何もありませんね。

青山家

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漁師だけではなく、食事の世話をする女性たちも寝泊まりしていましたが、彼女たちは↓の写真の2階で生活し、寝るときは鍵をかけていたそうです。

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倉庫

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ここで折り返してまた入口方面へと戻ります。

途中には有島武郎〔明治11年(1878)~大正12年(1923)〕が明治43年(1910)5月から翌年7月頃まで住んだという家もありました。

有島家

その1軒おいた隣にある「旧福士家住宅」

幕末から明治期にかけて、造船・通訳・気象観測・測量など広い分野で活躍し、北海道開拓に貢献した福士成豊〔天保9年(1838)~大正11年(1922)〕が、明治半ばから大正11年(1922)まで居住した建物です。
明治前期の洋風建築と明治後期の和風住宅を接続した特異な建物です。(公式サイトより)

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正面は「赤毛のアン」にでてきそうな可愛らしいパステルカラーの洋館ですが、そのうしろには純和風建築の建物が続いています。

さて、入り口から今度は右の山村群に向かいます。

「旧札幌農学校寄宿舎(恵迪寮)」

玄関棟と2等12室が復元されています。

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「森林鉄道機関庫」

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「旧菊田家農家住宅」

新潟県魚沼郡出身者が移住直後の明治26年(1893)頃に建築し、のちに同じく南蒲原郡出身の初代菊田常吉が買い受けて居住したものです。(公式サイトより)

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多分、農家と言ってもかなり裕福な家だったように思います。

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「旧納内屯田兵屋」

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明治8年(1875)に始まった屯田兵は、家族とともに兵村で暮らし、北辺の警備と農業開拓に従事しました。当初は士族を募集しましたが、明治23年からは主力を平民に移し、空知・上川・北見地方など北方内陸部に屯田兵村が作られていきました。(公式サイトより)

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「旧田村家北誠館蚕種製造所」

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本当に多くの建物を復元・再現したと思います。

完全な形で「移築」された建物は少なく、建物の一部を用いて「復元」または資料をもとに「再現」したものが多かったように思います。

それでも広大な北海道からよくこれだけの建物を集めたなぁと感心することばかり。

こういう博物館を見るのは大好きなので、とても見ごたえがありました。

それでは札幌に戻りましょう。

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  • Posted by ちーず
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